犬よさらば

 俺は嗅覚が人一倍するどい。煙草を相当数吸うが、多分、多くの人よりも鼻が利く。もし煙草を吸わなくなると大変なことになる。いや、別に煙草を吸うことを正当化したくてこういうことを書いているわけじゃない。本当に、一度禁煙したことがあるが、さまざまな匂いが俺を苦しめて困ってしまったのだ。
 
 まず、知りたくもないのに、そばにいる、というか、俺のそばを通る女性が生理かどうかがわかってしまう。これ本当。

 

 その昔、女性の部下だけが 20 人はいる部署でそこの管理者をしていたことがあるが、そのときはまだ煙草を吸っていなかったので、どの娘が生理かどうかがわかってしまっていた。別に生理がわかったからといって何も得にはならない。敢えて長所をあげれば、あの娘は生理だから、今日は小言を言わないようにしようと心がけ、無駄な反発を食らわないで済んだといった程度だ。
 
 嗅覚が優れていると得することもある。たとえば、食用油がちょっとでも酸化した飲食店に入らずに済むとか、ガスコンロの火のつけっぱなしに誰よりも先に気づくから大事に至らずに済むとかだ。俺は胃がデリケートなので、酸化した油は覿面に胸やけを起こすし、注意力が散漫だから、ガスコンロから離れて別のことに夢中になったりすることしばしなので、結構助かったりしている。
 
 それから、これは根拠があるわけじゃないが、嗅覚が利くことで、危険な場所や事柄から知らないうちに遠ざかることができる──ようだ。そのときは特段に危険を感じるわけではないが、後になって助かったな、って思うことがよくある。んで、そのときのことを思い出すと、ああ、そういえばなんか嫌な匂いがしたな、なんてことがしばしばなのだ。
 
 人に対してもそうである。見かけは紳士でも、嫌な匂いを感じた人は7~8割の確率で嫌な人だ。別に俺自身との関連がない人でも当たるので、俺が嫌な人間だからというわけではなさそうだ。
 
 俺はときどき、前世が犬か、犬遣いじゃないかと思う。多分、俺自身があまり功徳をつんだ人間ではないから前者じゃないかと思うが、あまり外れてはいないだろう。犬は本来が弱い動物だ。嗅覚が優れている動物は大概が弱い生き物で、食物連鎖の上の方にいる動物になるほど嗅覚は劣っていく。
 
 俺は外見こそヤクザと間違われることが多々あるが、中身は──笑われることを覚悟で書くが──デリケートなのだ。臆病でもある。小心者なのだ。多分、それを隠すためだろう、いつのまにか目つきが険しく、強面に見えるようになったのだ。実際、短気なのは小心者の証拠だし、弱いからこそ生まれつき嗅覚が発達したのだろう。
 
 自分の前世が犬だったからだろうか、犬から好かれて困る。本当は猫が好きなのだが、知らない犬が平気でなついくる。歩道を歩いていれば繋がれていたゴールデンにじゃれつかれて甘噛みされるわ、公園でロケしていれば2頭のラブラドルに飛びつかれてもみくちゃにされるわで、とても困っている。とにかくでかい犬ほどなついてくるのだ。チワワとかシーズーのような小型犬はウーウー唸って吠えまくるか、キャンキャンないて逃げていくのだが。
 
 やっぱり前世は犬なんだろうな。でも、願わくば同じイヌ科でも、狼であって欲しかったな。それが理由かどうかは自分でも知らないが、仲の良い友人とカラオケに行くと、決まって唄う歌がある。中島みゆきさんの 「 狼になりたい 」 だ。彼女の歌はそれしか知らない。 
 
 

中島みゆき 親愛なる者へ りっぱなおおかみになりたい屋