【 薮 】と【 藪 】について

薮田家の墓

薮田家の墓

 ふと、長年感じていた 「 薮 」 という漢字について、ブログに記しておこうと思い立ちました。その理由はない。思いついたからに他ならないのだったらないのであるんだったった。
 
 まず、「 やぶ 」 という漢字は、コンピュータでは以下の3つがあります。

薮 藪 籔

 「 やぶ 」 の正しい漢字は、「 藪 」 です。この漢字、今では旧漢字扱いされており、文字の JIS コードでも第2水準に属します。第1水準には、本来では異字体である 「 薮 」 が入っています。「 籔 」 も異字体です。で、だからどうしたと突っ込まれそうなんで先に進みます。
 
 私の姓の 「 やぶた 」 は、戸籍上 「 薮田 」 なんですけど、よく 「 藪田 」 と表記されてしまいます。メールとかで間違った字で書かれてもあまり気にしないんですけど、問題は書籍紹介などで著者名を 「 藪田 」 と表記されるとちと困るわけです。なんでかと申しますと、たとえば Amazon です。Amazon で 「 薮田織也 」 と検索しても、ヒットしないわけです。これは営業上かなり困る。今年になって Amazon の私の著者ページができた際に 「 藪田 」 になっている書籍をすべて 「 薮田 」 に差し替えてもらったので、Amazon に関しては問題がなくなりましたが、他のオンライン書店では、まだ誤字が氾濫しています。
 
 なぜこんなにも旧漢字を使われてしまうのか、それは 「 藪 」 が正しい漢字だから? いや違うんです。その理由は日本のコンピュータの歴史にあるんです。大袈裟な書きかただと思われるでしょうが、でもそうなんです。

 

■ み~んな NEC が悪い……いや JIS かっ!

 文字の JIS 規格には、旧 JIS と新 JIS と呼ばれる2種類があります。実際には、JIS 規格は5年ごとの改定があるので、さまざまな版があるんですけど、1983 年に大きな改定があったため、一般的には 1978 年以前のものを旧 JIS、1983 年以降の改定版を新JIS と呼んで区別しています。この 1983 年の改定で、「 やぶ 」 を含む 22 個の漢字の、第1水準と第2水準が入れ替わりました。これにより、「 薮 」の字 は 1983 年以前は第2水準だったのですが、以降第1水準へと格上げ (?) されたわけです。第1水準になると、ワープロなどの漢字変換で 「 やぶ 」 と入力して変換キーを押したとき、まず初めに表示される漢字となるわけです。( 例外もありますけど…… ) ということはですよ、普通にコンピュータで 「 やぶた 」 と入力すれば、 「 薮田 」 となるはずなのに、そうは問屋が卸さなかった。それは、1990 年代まで PC での市場で圧倒的なシェアを誇った、あの NEC 製 PC-9800 シリーズが、ず~~~~~~~っと 旧 JIS を使っていたからなのでありました! もちろん NEC 以外のほとんどのメーカーは、かなり早期より新 JIS に切り替えていましたよ。まぁ、PC でのシェアは、NEC の一人勝ちだった時代ですから、他メーカーにとって、JIS コードの切り替えなんてさほど問題にならないんですけど、当の NEC は、たかが JIS コードとはいえない。なぜなら文書の互換性が保てなくなってしまうからです。つまり、「 薮田 」 と入力して保存しておいた文書が、コンピュータを換えると 「 藪田 」 に変わってしまうわけですから、公文書なんかじゃ大変なことになります。
 
 NEC のコンピュータを使い続ければ問題はないのかというと、実はそうでもありませんでした。当時、NEC のシェアから、少しでもおこぼれをちょうだいしようと、他メーカーは、NEC PC-9800 互換の周辺機器を出していました。たとえば当時 PC-9800 対応のプリンタである程度のシェアを持っていた企業に、セイコーエプソンがありますが、NEC × エプソンの組み合わせだと問題が起きた。そうです、エプソンは NEC 以外のメーカーにも対応するプリンタであったため、その漢字 ROM に新 JIS を使っていたのです。最近のパソコンしか使ったことのない人は知らないと思いますが、昔のコンピュータやプリンタ、ディスプレイモニタには、それぞれに日本語の文字情報が記録された漢字 ROM というチップが搭載されていて、コンピュータと周辺機器は JIS コードで文字情報をやりとりしていたわけです。そのため、旧 JIS の漢字 ROM を搭載する NEC の PC-9800 で 「 薮 」 と入力しても、新 JIS の漢字 ROM を搭載するエプソンのプリンタでは 「 藪 」 と印字されてしまうんです。困ったものです。エプソンの方が安くてキレイで、印字速度が速かったので重宝したのですが、たとえ一部であるとしても、違う文字が出てしまうわけですから……。
( Windows や Macintosh は漢字 ROM を使わないので、こうした問題は起きません )
 
 NEC が旧 JIS を使い続けたことで、PC-9800 シリーズにおいての文書の互換性は、NEC 純正を使っていさえすれば保たれましたけど、それも黒船の来襲まででした。そうです、Microsoft Windows 95 の登場です。Windows 95 が発売されてからも、しばらくは NEC がシェアを握ってはいましたが、海外メーカー製によるコンピュータ本体の価格破壊が起きてからは、10 年以上続いた NEC 王国にも終告の鳥が啼くことになるわけです。さてこれで、問題が解決されたのかというと、これもまた、なんといいますか、他の人にはほんとに小さな問題なんですけど、「 薮 」 の字だけは…………。というのは、「 薮 」 が第1水準に格上げされたにも関わらず、最初に変換するときは 「 藪 」 が出てくるんです。これは、Windows に標準で搭載されている MS-IME という日本語変換辞書が、NEC PC-98 時代の名残を踏襲しているのか知りませんけど、なぜかなぜか第2水準文字を優先して表示するんです。
 
 そういうわけで、今でも初めてメールをやりとりする人は、 「 藪田 」 と表記してきます。難しいです。旧漢字は。書き順すらわかりません。

 

■ 薮は和製漢字

 ところで話はまったく変わるのですが、実は 「 薮 」 という漢字、これ、和製漢字だったんですね。20 年近く前、香港の企業と仕事をしたときに香港人に教わりました。中国にはこの漢字がないんです。つまり 「 やぶ 」 という概念がないということになります。「 やぶ 」 というのは、自然界の現象として竹などの植物が自生している状態を指すそうです。転じて、「 自然に、または人の手を介していない 」 という意味で使う人もいるようです。そういえば、6年前に北京に行ったとき、観光用の印鑑を作るサービスをしてるお店で、「 あいやー、薮田という漢字がないあるよ! 」 ( 実際には北京語で…) とパソコンを前に中国人が嘆いていたのが面白かった。

 

■ 墓石の文字が……

 んで、さらに話は変わりますけど、冒頭の写真です。これ、私の家の墓石なんですけど、なんと 「 藪田 」 らしき文字を使ってるんですね。らしきと書いたのは実は 「 藪田 」 とも違う字なんです。前述したように、薮田家は戸籍上 「 薮田 」 です。なのに、この墓石、旧漢字らしきもので掘られているのですが、「 婁 」 の部分が違う。一本横棒が多いんです……。この墓石を作ったのは、今から 40 年も前ですから、コンピュータも使っていなければ、JIS コードなんて関係ない。まさしく手彫りの時代です。つまり、石屋さんが間違えたのです。石屋さんも情けなければ、それに気づかなかった私の家族も情けない。この誤字は10 年ほど前、墓参りをしているときに私が気付きました。それを一緒に来ていた母や親族に告げると、「 ほ~、まぁええんじゃね 」 と……。ええんじゃね、ってあんたたち……。まっ、文字の違いにここまで拘るのは私だけなんでしょう。