情熱というもの

仁科峠

仁科峠

 糖尿病の定期検診のために安良里にある診療所に行った。HbA1C は 7.5% で、昨年の 12% を考えればどうってことはない。会計が済むまで待合室にある雑誌を何冊か捲ったが、文字を目で追うだけで内容は頭に入ってこない。理由は糖尿と高血圧、皮膚癌を患った体のことを憂慮していたからではない。もちろん大切な資本である体がポンコツになってきていることを実感しないわけではないが、それよりも再活動に対する障壁の大きさにどう対処しようか、そればかりを考えているのだ。
 
 東京から西伊豆に越してきてもうすぐ二年経つ。正直言って体も心もボロボロだったことに気がついていなかった東京での暮らしを続けていたら、俺は間違いなく一人東京で死んでいただろう。今思えば西伊豆に一度避難したことは正解だったのだが、だからといって平穏な暮らしが待っていたわけではない。極めて低い報酬で役員を続けた2つの会社で増えた個人的借金の返済に加え、ここ数年断り続けていたために激減した写真とタイラーの仕事は、西伊豆という田舎で再活動できるわけもない。それでも一年は療養だと気長に構えてはみたものの、仕事がない状態が続くとどうしても焦りが芽生えるのが人情である。雀の涙程度の印税生活では——税金や保険は安くなって嬉しいが——次の活動のための資金に事欠いてしまうし、再び上京した際に部屋も借りることができない。このままでは駄目だと、年三冊の執筆を計画し、馴染みの出版社に企画を出すものの、いろんな条件が合致せずにペンディング。これまで自分の企画に圧倒的な自信を持っていたし、それが通用してきただけに、この事実はかなり凹んだ。何がいけないのか、自分の企画に何が足りなのか、雑誌のページをパラパラ捲りながら考えていたら、診療所の会計から何度も呼ばれていることに気が付き、慌てて清算を済ませ、診療所を出て車のシートに沈みこんだ。

 
 俺は基本が楽観主義者である。かといって挫折や落ち込みを経験したことがない馬鹿でもない。それでも三日以上は悩めない体質だったのだが、この二年は体力的にも精神的にも生活的にも底辺の状態を続けてきた。底辺の生活は苦ではない。若い時から底辺と人の数倍の年収生活の両方を経験しているし、そうした高低はサイクルがあって、いずれも長く続かないことは経験上理解している。そしてそれは、総じて自身の行動とはあまり関係がないこともわかっている。しかし、出口が見えない状態が、こんなにももどかしいものだったか、もしかしたら、この状態は一度も経験したことがないんじゃないか、やっぱり俺は結局中途半端野郎で、誰からも必要とされていないんじゃないか…………と、そう考えたりもしてみた。
 
 どうだろう、小一時間はそんなことを考えていただろうか。しかし、人間、不得意なことは続けることができないものだ。落ち込み、そして悩んでいたはずなのだが、一時間もしないうちに思考はまったく異なる方向へと流れていく。それはとても些細ではあるけれど、つい最近の楽しかった記憶の反芻である。
 
 つい先日、元部下だった——今は友人である——若い人たちが、俺のボロアパートに遊びに来てくれた。連日海に行くか語り合うかで過ごした三日間だったが、ある友人が次のように言ったことについて考えてみた。

「 この二年間、自分がこれからしたいことを考えてみたけれど、僕はやっぱり食のことが好きなんですよね 」

 なら、食の仕事をすればいいじゃないかと俺は言ってみたが、食のプロだった彼が食の仕事を今まで避けてきたことも理解していたし、その理由もなんとなくわかっていたつもりだった。そしてその時は、やっぱり得手に帆をあげなけりゃ駄目だよななんて、わかった風なことを口にしていた俺だった。と、そこまで反芻していたら、あることに気付いた。この二年通らなかった企画に欠けているもの、そして俺自身に欠けているもの、食が好きだといいながらその道に進めない今の彼に欠けているもの。とっても簡単で、とっても青臭いものだけど、それは 「 情熱 」 だろう。
 
 どうしてもこれがやりたい、周りから反対されてもやりたい、よしんば儲からなくてもいい、理由は好きだからやる。五十面下げたオヤジが吐く言葉としては赤面ものだが、自分の過去の企画で成功したもの、成功とまではいかなくても楽しかったもの、そのどれもが好きだからやるという情熱が根本にあった。情熱はそれだけで人が動く。情熱のない創作物はいくら完成度が高くても人の心は詰まらない。そして、なによりも大事なことは、情熱を傾けられるものが見つからないのではなく、自分の中にある情熱をいろいろと理由をこじつけて見て見ないふりをしていることに早く気付くことだろう。俺は本が書きたいわけじゃない。売れる写真が撮りたいわけじゃない。そのどちらも自分というものを誰かに伝えたいからやってきた、そのための手段に過ぎないではないか。今はもう連載していないが、StudioGraphics というサイトだって、写真と Photoshop の本の企画が、どの出版社でも 「 売れないから 」 という理由で断られたから、なら自分たちでメディアを作ればいいと始めた企画ではなかったか。そしてそれは、情熱が維持できている間は薄給でも楽しかった。そして、たった二人でも大手メディアに負けないサイトが作れたと自負している。
 
 では、今なぜそのサイトを手掛けていないのか。今わかった。単純な理由だ。情熱が無くなったからだ。俺の問題はここにある。情熱を維持する方法を修得していないのである。継続することは誰にも難しい。特に俺はこれが極めて不得手だ。しかし、継続するから得られるものもある。それを知らない五十オヤジではないのだが、今まで特にそれを考えてこなかった。しかし今このオヤジは、継続するからこそ得られる楽しさをもう一度味わうために、情熱を維持する方法を模索してみることにした。今言えるのは、なんのためにそれをしようとしているのか、常に目的意識を持つことが継続のための一手段だろう。文章を書くのは、伝えたいことがあるから書いているんだ、ギャランティのためじゃない。もちろん最低限のギャラは必要だが、目的と手段と、その結果がごちゃごちゃになると、このオヤジは継続できなくなってしまうのだ。たとえギャラが人の数倍もらえたとしても。いや、人の数倍もらえると、いの一番に消えてしまうのがこのオヤジの情熱なのだ。