お疲れ様・シューミ

-[ iza ブログからの転載 ]————————————
 

 9 月 10 日のモンツァで行なわれたイタリア・グランプリで優勝したミハエル・シューマッハ選手が、16 年の F1 生活に今季限りで終止符を打つことを発表しました。
 
 
 私は故・本田宗一郎氏が幼少より大好きで、その影響で 60年代から F1 が好きになり、80 年代より欠かさず F1 を観戦してきました。もちろん日本グランプリには何度も足を運びましたが、1992 年のベルギー・グランプリ、スパ・フランコルシャンにも行きました。そう、この 1992 年のベルギー・グランプリで優勝したのがシューマッハ選手。彼の初優勝の瞬間をリアルで観戦できたのは大変ラッキーなことでした。

 
 
 私の F1 観戦スタイルは、あくまでもホンダチームの応援であって、過去一度もドライバー個人を応援したことはありませんでしたが、初スパで初優勝を観戦できたこともあって、その後、シューマッハ選手が気になる存在になっていきました。その当時の日本では、皆さんご存知の故アイルトン・セナ選手が大人気で、ちょっと生意気だったシューマッハ選手については、私の周囲ではどちらかというと煙たがられている存在でした。実際、その年のフランス・グランプリのオープニングラップでセナ選手に追突してリタイアさせたり、ホッケンハイムリンクでのセナ選手との乱闘寸前事件など、その荒っぽさだけではなく、人気のセナ選手との絡みもあってか、日本では徐々に嫌いな選手の代表格になっていった気がしました。
 
 
 前述したとおり、私には特定のお気に入り選手はいません。セナ選手にしたって、ホンダのコンストラクターズ・チャンピオンを実現してくれた一選手としてしかみていないくらいでしたので、シューマッハ選手がセナ選手とどういう関係になろうが、それが理由でシューマッハ選手を嫌いになることはありませんでした。それどころか、私はシューマッハ選手のその生意気さと勝負強さがとても気に入ってしまって、1992 年のベルギー・グランプリ以降は、周囲に対して、「あと数年で彼はチャンピオンになる。それも F1 史上最高の」と予言していました。実際その通りになってしまったので、私の予言は大きく的中したわけです。
 
 
 そんなわけで、1993 年以降、ホンダが F1 を撤退した後も、退屈せずに F1 観戦ができたことをシューマッハ選手に感謝せずにはいられません。( 2000 年にホンダが F1 復帰を果たした後は、シューマッハ選手とフェラーリさえいなければと、何度も思っちゃいましたけどね)
 
 
 トップをいくフェルナンド・アロンソ選手とのドライバーズ・ポイント差は2点。残り3戦しかありませんが、頑張って、ドライバーズ・チャンピオンをもぎ取って引退の花道を飾ってください。

 

皇帝ミハエル・シューマッハの軌跡 マテル 1/43 フェラーリ F2000(F1-2000) シューマッハ