座右の銘

 世の経営者が雑誌などの取材でよく聞かれる質問に「座右の銘はなんですか?」というのがある。座右の銘とは、普段から気に留めておき、自分への戒めや励ましに使う言葉だ。
 
 そのとき世の経営者は、それぞれが経営者として、人間として成長してきた過程において、最も記憶の残る言葉を上げる。
 
 このブログのこのエントリーでは、世の経営者よりも組織に属する社員に読んで欲しいので、その点でこの「座右の銘」を説明していこうと思う。

 
 多くのサラリーマンに理解して欲しいのは、自社の経営者の座右の銘が何であるかを知って、経営者のウィークポイントを知り、経営者とのコミュニケーションに活かすべきだということ。
 
 どういうことなのかというと、冒頭で説明したとおり、座右の銘とは自分への戒めであり励ましだから、とどのつまり、座右の銘に上げられている言葉の意味するところまで、まだ経営者は達していないということを知れということだ。
 
 例えば、ある経営者の座右の銘が「一期一会」だっとする。だとすると、その経営者は人との出会いをあまり大切にしていない現状があるから、「一期一会」を座右の銘にしているわけだ。
 
 だから、「一期一会を座右の銘にあげているくせに、うちの社長は人とのコミュニケーションがヘタクソだ」などと文句を言わず、「ああ、コミュニケーションがヘタクソだから一期一会を座右の銘にして努力しているだな」と、暖かい目で見守らなくてはならないのである。
 
 別にこのエントリーは、嫌味のために書いているのではない。実際に、俺がいままで会った百人以上の経営者達が、例に漏れず自分のウィークポイントを座右の銘にし、日々研鑽していらっしゃる。
 
 自分のウィークポイントを座右の銘にすることは、とても重要なことだ。普段から意識することによって、自己暗示にかかり、いつしかはその座右の銘どおりの人格になっていることもありうるからだ。
 
 ところが多くの経営者は、座右の銘に掲げている内容にまで達していないのにも関わらず、曲がった自己暗示にかかっている場合がほとんどなことに気付いていない。座右の銘がさも今の自分自身を表していると思い込み、社員にも「私のようになれ」とばかりに座右の銘をひけらかす。こういう経営者はどうしようもない。
 
 こういう風に考えると、座右の銘とは、人にあまり話すものでは無いような気がするな。自分だけが心に留め、日々忘れないように努力することが重要なのだと思う。
 
 ちなみに周りから下品だと揶揄される俺の座右の銘は、「品はなくとも卑しからずや」だ。えっ? 品も無いし卑しいだと…。