教科書的な経営論

 コンサルをしているときの俺は、その経営論を指して経営者から「教科書的ですね」とよく言われる。大学などで経営論を専門的に勉強したわけでもない高卒の俺を指して、「教科書的」だと言うのは面白い。
 
 教科書的という言葉は大概が皮肉で、実践的ではないということになるわけだ。
 
 俺の経営のやり方や、細部での施策の方法は、実践で学んだことばかりだと思っているし、ビジネス書はもちろん、経営論すら勉強したことのない俺としては、何が教科書的で何が実践的なのかがわからない。

 
 俺自身は「風が吹くと暖簾が揺れて裏返しになりますよ」程度の当たり前のことを説き、「暖簾が裏返ってもお店のロゴが認識できるように、両面にロゴを印刷しましょう」といった、小学生の頭脳でも出てくるアイディアを提案しているだけだ。こういった、極めて当たり前のことを当たり前のように説き、実践することが教科書的で実践的でないとしたら、今時の経営学科やビジネス書は、いったい何を教えているのだ?
 
 俺の見てきた経営者の中で、あまり経営が上手ではないと思われる方々が、よく「教科書的ですね」という言葉を使う。だがしかし、そういった経営者の多くが、実際の経営においての教科書的な施策すら打てていない。カメラの構え方の基本として、脇を締めることが写真の教科書にも書かれていると思うが、脇も締めずにキャパのような写真を撮ろうとしているような経営者が多いというわけだ。脇を締めるのは単純に手ブレを無くすためだ。一眼レフだろうがコンパクトカメラだろうが、カメラの重さに関係なく、脇が開いていると手ブレしやすくなる。物理的にも至極当たり前のことだ。この当たり前のことができないと、よい写真は撮れないのだ。
 
 経営も同じだ。当たり前のことができていないと、当たり前のように経営は悪化する。当たり前のこと、教科書的なことを馬鹿にする経営者は、いずれ自滅する。