腹が立つ理由

 現在住んでいる築地の横断歩道には、人語を話す装置が付いている。信号が赤のままだと、

 

「信号が青になるまでお待ちください」

 

 と、しつこいくらいに喋る。センサーが付いていて、歩道からはみでるとこのように喋るようだが、だからといってちょっと立ち位置を下げた位では黙ってくれない。実際に信号が青になるまで同じ言葉を喋りまくるのだ。
 
 別にこういう信号に出くわしたのは初めてではないが、なにやら腹が立つ。人気の無い深夜に一人で信号待ちをしているときにこれをやられると「うるさい、お前に言われなくてもわかってるわい!」と、その音声発生装置に向かって怒鳴りつけてしまう。
 
 しかし今日、俺は何故にその音声発生装置に頭にくるのだろうかと考えてみた。いろいろと考えた結果、一番しっくりとしたのが次の理由だ。

 

・その音声には感情も意志もない。

 

 そりゃそうだ。だって機械だもの。その装置を作った人は、多分よかれと思ってそういうモノを作ったんだろうけどね。でもさ、感情も意志も思いやりもない声でしつこく話しかけられてもさ、あ、いや、機械は話しかけてはこないか。ただただ単純なプログラムで、しかもアルゴリズムの欠片も、モノを作る想いも感じられないプログラムに則って音声を発しているだけだ。信号待ちしている人の性格も、感情も、積み上げてきた歴史も関係なく、想像力のかけらもない、ただただループ処理されたバッチプログラムのとおり赤の間中音声を発しているだけだ。
 
 だから腹が立つのかもしれない。歩行者の安全を考えて、健常者だけじゃなく盲人もそこを利用するんだからと、すべてにおいて良かれと思ってその装置を開発(?)した人が後ろにいることまで想像は付くけれど、だからコンピュータプログラムで音声を使えばいいって、なんだかとっても安易で安直な感じがして、だから多分、そんなことを感じて俺は腹を立てているのかもしれない。
 
 これがもし機械じゃなくて人だとしたら…。24時間人が座り続けている横断歩道だとしたら…

 

 「あ~あぶないよ、そこのオッサン。そうそう、あんただよオッサン。まぁなんだね、オッサンもさ、忙しいのはわかるんだけど、いちおうさ、信号が青になるまでは少し待ってた方がいいよ。うん、あんたの家族のことも考えてさ、今ここで焦んないでサ、ちょっとだけ辛抱してよ。待つっていったって、明日まで待てってことじゃないからさ、ものの 30 秒だよ。30 秒。スポット CM なら2本分だよ。なんかさ、楽しいことでも考えてればさ、その間に2回くらいは青になってるっていうような合間だよ。もし辛抱たまらんっていうんならさ、俺と少し世間話でもしないかい? えっ? なんでお前なんかと世間話しなけりゃならないんだってかい? そりゃオッサン、オイラも一応仕事でここに座ってるわけだけどさ、だからってね、オイラ、一日中座ってんだよ。そんでもって、青になるまで待てない奴らのために、注意を促してるんだよ。そりゃオイラもプロだからね、嫌でも注意するね。それがガキでもヤクザでもね。何のためにするのかって? オッサン、あんたらみたいな人が、信号無視して車には撥ねられないようにさ。いや、こういう言い方すると他人のために生きている聖人君子みたいに聞こえるかもしんないから別の言い方にするよ。そうだよ、オイラはね、この横断歩道で撥ねられた奴らを何人も何人も観てきたんだよオッサン。ところでオッサンはさ、人が撥ねられるのを見たことあるかい? えっ? ない? そりゃあ幸いだねぇ。うんうん、あれは見ないほうがいいよ。見たらたまんないよ。人がさ、こう、普段じゃありえない方向にひん曲がってさ、ポーンって感じでね、音も無く声もなく飛んでくんだよ。あっ、いや最初だけは音があるよ。キキーッ、ドーンってさ。その後は無音だよ。周りに人がいっぱいいるんだけど、ドーンの後は無音でね。なんだかすんごい長いこと時計が止まったみたいになってさ。頭んなかが真っ白になるんだよね。それがさ、ドサッって音と同時に時計が動き出す感じになんだよ。ストップウォッチを一回止めてから、また計りだすみたいにさ。そうすっとさ、俺の横に女がいたりすっとさ、もうそりゃ金切り声でさ、こっちの心臓と鼓膜がいかれるんじゃないかってくらいの声を出してさ、そういうことがいっぱいあったからだと思うんだけどさ、近くでバカ女の金切り声を聞いたりするとさ、ああ、ほらこの近くそれなりに酒場があったりするだろ? ときどき夜中だってぇのに馬鹿騒ぎする女がいんだよ。そうそう、最近の女はさ、そういうときの女はね、女同士で呑んでんじゃなくて、男も混じってんだよな。どう思うよオッサン。オッサンの若い頃も女は酔っ払うと男の前で金切り声出したかい。オイラは信じらんないねぇ、女同士ならともかくさ、男がいる前で酔っ払ってさ、挙句の果てには莫迦騒ぎするなんてさ。よっぽどその男と一緒に酔っ払ってるのが嬉しいのかねぇ。えっ? オッサンはそういう女が可愛いってかい? わっかんないねぇー。多分オッサンはオイラよりも歳くってるよ。何年生まれだい。えっ? 千九百……、やめてよオッサン。毛唐の暦じゃなくてさ、大和男児なら元号でさ、できれば皇紀でいってよ。そうじゃないとピンとこないよオッサン。はぁ、オッサンは皇紀を知らないってかい。やんなっちゃうなぁー。これだから団塊の世代はさぁ…、えっ、そんなに歳とってないって? ふ~ん。それにしちゃぁ老けてるねぇ。頭のてっぺんだって、あれだ、そのなんだ、レインセンサーっての? なんだか普通の人より早く雨降りを感じられそうじゃね? えっ? レインセンサーはともかく、その「じゃね?」ってのをやめれってか? 今まで江戸前な言葉遣いだってぇのに、なんで突然 JK になるのかってか? なんだよその JK ってのはよ。やめてくれよ略語はよ。まったくよ、なんだかってぇと英語の略語だよ。やだねぇ、どこぞのパソコン会社みたいじゃねぇかよ。ああ、で、なんだよその JK ってのはよ。はぁ、女子高生だぁ? 莫迦言ってんじゃないよ。女子高生ってのは高等学校の女生徒ってことだろ? 高等な学校だよ。中等じゃないよ。はいすくーるってやつなんだろ? そんじょそこらの馬鹿ガキじゃ校長先生が入れてもくれない学校だよ。えっ? 今は誰でも入れる? 嘘をつくんじゃないよオッサンよ。こう見えてもオイラは努力家だよ。勉強したよ。難しい言葉だって覚えたよ。蛍雪っていうのかい? 蛍の光、窓の雪だよ。仰げば尊し禿れば怪我無しだよ。それだけ勉強したってのにいざ受験だってときんなりゃ、銭がいるっていうじゃないか。おーわかったよ。それなら銭を貯めりゃぁいいんだな。よーし、待ってろよ。貯めてやるよ。貯めて貯めて学校ごと買ってやるよ。理事長ってやつか。そこまでなりゃ入れてくれんだろ。そんなわけでよ、こうやってまっとーな仕事をして銭を稼いでんだよ。わかるかオッサン。長いことやったよ。あんまり長すぎて始めて何年になるかもわかんないよ。だけどさ、全然貯まんないんだよなぁ……なにがって? 銭がさ。えっ? 誰に頼まれてやってるんだって? 莫迦いっちゃいけないよ。オイラが誰かに頼まれたからやるような人間に見えるかってぇの。冗談じゃぁないよ。おこがましいかもしんないけんど、しゃ、社会貢献っての? へへ、まんざらじゃぁないよ。こう、なんてぇのかねぇ、オイラってイイ奴だなぁってさ、最近思うんだよねぇ。ん? な、なんだよ。その哀れんだような顔つきはよ。馬鹿にしてんのか? ふ、ふざけんなよ。オイラは他人の心配はしたって、他人に哀れんでもらうような生き方はしてねぇぞ! い、いっちまえよ、もうよ。お、オイラの前から消えちまえってんだ。オラオラ、さっさと渡っちまえよ! ああん?まだ赤だぁ? 赤だろうがなんだろうがオイラの知ったこっちゃないんだよ。渡っちまえってんだ…………って、おいおい、本当に赤で渡るのかよ、おいこら、オッサン、あぶねぇっての、おわっ、おーい! おっさーん!」

 

 と、まぁ、こんな風にワケのわかんない人が座って注意してくれるんなら、あんまり腹も立たないかもしれない……わけがないか。
 
 結論を書こう。
機械ごときに腹を立ててるのは、多分、俺に余裕がないからだと思う。おしまい。

 

ドアの信号機 (タイトー) バカバカしくて腹が立つ
ドアの信号機 タイトー
バカバカしくて腹が立つ